最後の峠@スパルタスロン2008


最後の峠に佇み、昨年の リタイアの悔しさからようやく開放されたように 感じていた。 

間もなく終わってしまう一抹の寂しさが、なぜか僕の頭を占めていた。 

早くこのレースを終わらせたと強く念じていたことが、心から恥ずかしい。 

とても長い下り坂を抜ければ、そこはスパルタである。 
丘の上に佇む石造りの教会の鐘が鳴り響き、まるでランナーを迎える歓喜の調べの如く耳に心地よい。 

スパルタは、ギリシャ独特の乾燥した石灰質の山々に囲まれ、山底に落ちたような街である。 
それはまるで大きな壺である。すべてのランナーの歓喜と汗を詰める壺である。 

そして今尚、この壺の受口にランナーが次々と注がれている。 

レオニダス像も近くなる。 
スパルタ市街の中心を抜けると、交通量も増えてくる。 
道路脇に駐車された車列を、縫うように走る。 
ブラボー!”“ブラーボ!とエールを送るスパルタの人達に、丁寧に帽子を脱いでお辞儀をする。 

僕は、心から感謝を込めボデイアクッションで応える。 

建物上層階にあるテラスに佇む若い娘が眺められる。 
カフェの窓越しから、椅子に座る初老のふたりが手を振っている。 
瞳を輝かせた子供達の笑顔が街中に満ちている。 

そして、その言葉はひとつだけ…“ブラボー! 


往来する車からもクラクションが鳴らされる。この言葉もひとつだろう…“ブラボー 

それは恰も協奏曲となり、スパルタ市街の隅々まで埋め尽す。 
疲れているが、心は軽い。 

街角を右折すると、見覚えの通りに出る。 

遠方には、小さくレオニダス像が見える。 

僕は程なく、Finishを迎えようとしている。そして、僕はこの瞬間に 

昨年の置き忘れた物達を思い出していた。 






昨年の出来事 

炎天下での苦い記憶が蘇ってる。 

No.18
チェックポイントが視界に入ってきた。 

熱中症でリタイアした場所であり、不覚にも号泣した場所でもある。 

しかし、情景は一変していた。 
存在していた筈の小さな平屋が無くなり、更地となっていた。 
ギリシャ特有の気候だろうか? 
涼しい風に押されて砂塵が、低く舞っていた。 
記憶を辿るように、暫く佇み殺風景な情景を凝視していると、道路に面した一角に見覚えのある幹の太いオリーブの木を発見した。 

その下で倒れ込んで見上げた昼空は、涙でよく見ることができなかった。 

1
年ぶりの再会したオリーブの木を、懐かしむように丁寧に両手で撫でてあげた。 

枝の隙間から眺めたその空は、透き通るような青空である。 

やはり、木蔭に吹く風は頬を優しく、オリーブの枝葉を揺らしている。 
その音は、とても静かに聞こえた。 

枝と枝を擦る音が、僕の耳に鳴っていた。 
風に吹かれたオリーブの木々達の摩擦音が、僕の記憶の中で鳴っている。 

最後の瞬間をゆっくりと楽しみながら、レオニダス像を目指す。 

突然に右脇よりヒロ児玉さんが現われた。 
先にFINISHした後、宿泊先のホテルから出てきたと頃であった。 

ヒロさん!申し訳ないがチームフラグを取ってきください!と、疲れている筈の 
彼に声を掛けた。 

了解!少しゆっくりと来て!と、彼は速足でレオニダス像で待機するサポート隊長・コスメル前村さんに向かう。 
暫くすると、戻ってきた彼からフラグを手渡されて、マントのように首に巻く。 

レオニダス像には沢山の群集が待っていた。その視線は、選手に注がれている。 

ひとりのウルトラランナーとして、スパルタスロンに長く憧れていた夢。 
激痛や疲労、寒さ、打撲、擦り傷、靴擦れ、又ズレ、日焼け、 
熱中症、コースアウトなどの五感で得る現実。 

夢と現実の狭間の中で、僕達は遊んでいた。 





ふと遊びも終わってしまう! 
FINISH
する喜びよりも、THE ENDの幕が下ろされようとしている。 
ハッピエンドのドラマのように、さらにその先を知りたい。 

アテネからスパルタまでの246キロ。 
確かに肉体的に精神的にもタフでなければ、レオニダス像に辿り着く事は難しいだろう。 
激痛や睡魔だけではなく、コースアウトしたなどいろいろと辛い経験をした。 

何事も終わってしまえば辛いことの記憶は消えて、楽しい記憶だけが残っている。 
案外簡単にスパルタスロンが終わってしまった様に感じる。 

大きな夢である大陸横断さらに地球横断が、HORIZONを越えた先に存在するだろう。 

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