■七里ガ浜腰越心中事件 野津修治と田部シメ子の足跡

 ■七里ガ浜腰越心中事件 野島修治と田部シメ子の足跡

最近熱海にプチ移住した。お存じだと思うが太宰治にも縁のある熱海だ。走れメロスの題材となった舞台が熱海だ。
そして、ボクは今日は久しぶりに湘南海岸を走ってきた。


ランニングもあるが主たる目的は
野島修治(太宰治)と田部シメ子の七里ケ浜腰越心中の現場となった小動神社裏海岸にある畳岩を散策することにある。
稲村ケ崎から江の島に向けて海岸沿いに走れば腰越漁港が現る。







漁港裏は絶壁で直角的に海に落ちている。
僕は砂地から大きくゴロゴロした岩場を、足元を注意しながら
その畳岩をめざした。
悪戦苦闘しながらも数分で平らになった岩場を発見した。




おおおお ここが畳岩らしい。津田修治と田部トメ子が睡眠薬で心中した畳岩である。
少し波間に浸食された畳岩はとても滑りやすく慎重に足元を固めながら畳岩の上に立った。
用意した献花をささげ
しばらくは二人の影を追っていた。





ここの情景は湘南海岸を走れば当たり前の情景だが、まさか太宰治の心中事件の現場とはまったく知らずにいた。
知識とはやっぱり
日々学ばないといけないと痛感していた。無知ほど人生を無駄にするものはないのだ。
当時の新聞を調べてみるととても興味深い。
「相州腰越小動神社裏海岸に二十九日午前八時頃若い男女が催眠剤をのみ倒れているのを発見、七里ケ浜恵風園療養所に収容手当の結果、男は助かったが女は死亡した。」(東京日日新聞二十九日発行夕刊)
 「二十九日午前八時頃相州腰越津村小動神社裏手海岸にて若い男女が心中を図り苦悶中を附近の者が発見、七里ケ浜恵風園にて手当を加えたが、女は間もなく絶命、男は重態である。」(東奥日報三十日発行朝刊)
 上の記事では心中があった場所はそれぞれ「相州腰越小動神社裏海岸」と、「相州腰越津村小動神社裏手海岸」となっているが、その後、東奥日報には、第二報として次のような記事が掲載された。
 「十一月二十九日朝、中ノ瀬七里ケ浜で銀座ホリウッド・バーの女給田辺あつみ(十九)とカルモチン心中を図り、女は絶命し、生き残った帝大生仏文科一年生津島修治(二二、本県北郡金木町出身)は、その後七里ケ浜恵風園に入院加療中の処一時は重態を伝えられたが、爾来、漸次経過よく一命をとりとめる見込みが充分である。鎌倉署では同人の病状の快復を待って自殺幇助罪として一応引致取調を行ふ筈である」
 この記事は、第一報より三日後のものである。
心中事件の現場については「中ノ瀬七里ケ浜」と改められ、また第一報では二人とも収容されたとあるが、ここでは「女は絶命」とされ、男のみ収容されたと訂正がなされている。
そしていずれの記事にも入水(投身)という文字は見当たらず、「若い男女が催眠剤を飲み倒れている」あるいは「カルモチン心中を図り」と書かれているのである。
その後の検証によれば、二人が睡眠薬を飲んで心中をはかった場所は、腰越側の「小動神社裏海岸」ではなく七里ヶ浜側の小動崎と地続きとなった畳岩というところで、そこは波に侵されないかなり広い平たい岩場であった。
29日午前8時頃、出漁しようとした近くの漁夫の一人が、この小動崎の突端につづく畳岩に、若い男女が倒れているのを発見した。女性のほうは既に死亡していたので、漁夫は男の方を背負って近くの七里ケ浜恵風園にかつぎ込んだということが判明した。
サーファーが波に舞いながらの情景を呆然と眺めながら
いつまでもこの心中事件の余韻に耽っていた。

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