第六十五番札所・三角寺へ向かう、酷暑の一日

 第六十五番 三角寺にて


炎天。

焼けたアスファルトの上に、揺れる陽炎。

蝉の鳴き声は、怒りにも似た絶唱となって、森に響いていた。


僕は、額に滲む汗を拭いながら、山道を登っていた。

背負ったリュックは軽いはずなのに、肩が重い。

踏みしめる一歩が、体の芯からふらつく。


「……まいったな……」


声にならないつぶやきが、熱風に溶けていく。

登り口にあった看板には「三角寺まで1.2km」とあったが、体感では10kmを超えていた。


道の端にしゃがみこむと、草の匂いがした。

風はない。だが、草は静かにゆれている。

ふと、草に手を添えた。

その冷たさに、わずかに意識が戻った。


——草遍路。

誰にも名乗ったわけでもないその言葉を、僕は心の奥に住まわせている。


寺を目指すのではなく、歩みを重ねること。

何かを祈るのではなく、ただ風と空と、道と草と共にあること。

野に咲く名もなき花のように、地を這いながら歩くこと。


「草遍路……か」


そう呟いて笑ったとき、ようやく石段が見えた。

山門は、影を落としていた。

その影の中へ、ふらふらと足が進む。

幸月の影が、その影に吸い込まれていった。


草遍路 ふらり三角寺 影ひとつ


第十三章 三角寺 ― 納経所にて


焼けるような日差しのなか、僕は汗でぐっしょりと濡れた手ぬぐいを額に押し当てながら、三角寺の石段を一歩一歩登っていた。


「六十五番、三角寺……やっとだ」


夏の午後、蝉の声すら干からびそうな猛暑日。足元はふらつき、背中のリュックが肩に食い込む。だが、寺の山門をくぐった瞬間、不思議な静けさが彼を包んだ。


石畳の奥、納経所の小さな引き戸が開いていた。古びた扇風機が唸りを上げて回っている。幸月はおずおずと入る。


「納経、お願いします……」


奥から現れた女性職員が、ちらと一瞥し、無言で朱印帳を手に取る。筆が走る音が、異様に大きく響いた。


「……五百円」


「ありがとうございます」


礼を言っても、返事はない。目も合わせず、まるで空気のように扱われた気がした。だが、僕は黙って深く一礼した。


(これは、試されているのかもしれないな)


遍路とは、心の旅でもある。人の温かさに触れることもあれば、冷たさに心が揺れることもある。だが、そこで自分の心がどう動くか、それが試練なのだと、どこかで聞いた。


納経所を出た僕は、再び手ぬぐいを結び直し、笑った。


「よし、あと二十三……」


彼はまた歩き出す。山道の向こうに、雲辺寺への道が続いていた。

つづく





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