夢を諦めない 



大島 康寿選手



明け方近くの神宮外苑は冷たい小雨が降っていた。
僕は体調が悪くヂレクタチェアに真夜中は深く座ったまま立ち上がることはなかった。


それでも、日が差してくると思い身体を振るい起すことができる。


テントを抜けて大会本部のあるテント脇を抜けると、薄明りの中を走る選手が見えた。
ここで出会える選手は24時間を闘い、そしてこの会場に留まっている。


走ることを諦めた選手の姿はすでになく、帰路についていることであろう。


僕は諦められずにここに留まっていた。


大会本部では通過する選手の名前や周回数、距離が瞬時に大型モニターに表示される。
そして選手を鼓舞するように大会MCが名前と距離、さらに周回数を伝えていた。


また周回したいと希望していた僕だったが、同じコースを走る勇気がなかった。
この道は24時間闘った勇者の辿る道だという想いがある。


傍観者として佇む僕の前に、チームメンバーのひとりが過ぎていく。
明け方前の彼は脚の痛みと体調不良で弱弱しく歩道に腰かけて食事を採っていた。


僕にできることは何もない。だか、彼の話し相手にはなれた。
彼の焦りや苦痛、弱気な気持ちを注意深く聞いていた。


今の僕は、彼の聞き役である。”頑張れよ!そして来年イタリアトリノに一緒に行こう”と
自分に言い聞かせていた。

月並みなことば、頑張れ!と言える訳がない。
だって、彼は必死に頑張っていることを知っているかだ。

だから、
僕は口が裂けても言えない。


どうしようまに衝動で、僕はボッツと彼に言った。”夢を諦めるなと!”
彼にその言葉を聞いたかどうかは知らないほど、小声で彼に語りかけたのだ。


日が昇ると、彼は体調がいいように見えて周回する姿には力があり
最後の気力と精神力で足を進めている。


今年38歳を迎えた彼は、この神宮外苑で静かに決意していた。
夢を諦めない・・・・そんなチンケナ思い出だけではない。


彼は無口である。日常的にもあまり喋ることも少なく、どちらかといえば社交的でないかもしれない。
しかし、物静かな彼の心打ちは燃えていた。




スタート時間まで表情に緊張さが彼の顔や行動から理解することはたやすう。
僕は言葉をかけようにも、それを拒否するような近づき難いバリアーが彼を包んでいる。
行動のひとつひとうに、目に鋭さに溢れいる。


昨夜の彼とは人格が変わって、ひとりの戦場に向かう戦士のように緊張感を僕もヒシヒシと感じる。


昨年は不本意な記録で負けた。
それは本人が一番知っている。
そして、今日のこの神宮外苑のスタートラインに立つまで、彼は試行錯誤しながら日を月を過ごしてきたのだ。


残り4時間はすごかった!
気力が満ちて、精神的にも前向きになる。
背中には力が蘇える。


230キロを超えて、240キロ


記録を知らせる大型スクーリに注目しながら、何度も祈った。
夢を諦めるな!


彼は見事に250キロを超えた。
24時間走が終わり、大会本部に戻る彼の姿は晴れ晴れとしていた。


僕は彼に駆けよって言葉をかけたかった。


”お疲れ様”と、


そして、僕はひとりで思った。
”夢を諦めずよかったな!”と独り言を。


大島 康寿という男の本懐である。

後は知ったことだが、片方の足は疲労骨折であった。



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