僕が走るお遍路さんをはじめるきっかけは

僕が走るお遍路さんをはじめるきっかけは、四国松山に住む友人を弔うための鎮魂旅でした。

そしてちょくちょく実家に顔を出しつつ、母親からアドバイスを受ける日々。

「輪袈裟は買ったほうがいいけど、あんた、白衣(白装束)も着るの?」
「上着と菅笠と金剛杖は買うかも」
「あらそう。田舎のおじちゃんの家も床の間に金剛杖あるわよ」
「あぁそうなの?覚えてないけど」
「白装束とか金剛杖も、納経帳と一緒に自分が死んだらお棺に入れてもらうのよ」
「へぇ~」
「私が死んだら納経帳忘れずに入れてよ。閻魔様に見せなきゃいけないんだから」
「大丈夫だから。分かってるから」

なんて話をしていた流れで、「白装束の巡礼と言えば映画『砂の器』でしょう」という話題に。話題に上がると急に観返したくなる。
というわけで、再視聴。

映画『砂の器』も大好きな名作のひとつでして、何度観ても「胸が締め付けられる」という言葉がぴったり。原作は松本清張大先生。
何度も映画化やドラマ化されていますが、やっぱり1974年制作の映画『砂の器』。一番最初に観たから、印象が強すぎて忘れられないのかも。

東京・蒲田にある操車場で、男の死体が発見された。警視庁の今西(丹波哲郎)は蒲田署の若手刑事・吉村(森田健作)と捜査を開始。被害者は殺害前、男とふたりであるスナックに来店し、東北なまりで会話をしていたことが分かった。そして会話の中で「カメダは変わりありませんか」という言葉があったことを突き止める。
東北に「羽後亀田」という地名があることを見つけた今西と吉村は東北に飛ぶが、全く手掛かりはなし。そして東京に戻る駅のホームで、熱狂的な若者に囲まれる集団と一緒になった。彼らは気鋭の芸術家集団「ヌーボー・グループ」と呼ばれ、マスコミに時代の寵児と取り上げられていたメンバーたちだ。そのグループの中心にいたのは、評論家の関川、そして作曲家として名声を得ていた和賀英良(加藤剛)。
さまざまな手がかりを辿りながら事件を追う今西が行きついたのは、思いもよらない結末だった。

ちなみに私が初めて映画『砂の器』を観たのは、子どもの頃。なので、この時は「カメダ」という単語からどうやって事件解決にたどり着くのか?に注力して観ていた記憶があります。
で、だいぶ後になって、SMAPの中井くん(和賀)と渡辺謙(今西)でドラマ化したのを観て、母が「映画版はもっと辛いし悲惨よ。覚えてる?」と言われ、「いえ全く覚えていません。カメダしか覚えていません」と。
じゃぁもう一度映画を観ようかな、と思って観返し、大号泣。それ以来、なんだかたまに観たくなって観返しています。

もちろん「カメダ」を発端とした謎解きは「なるほど!」と思うことも多くて(たまーに都合良く合致したな~と思う部分はあるけど)、ミステリー作品としても「え!どうなるの!?」「やっぱり刑事って足で稼ぐ仕事なんだな」などなど、そりゃもう字のごとく泥臭い捜査シーンが続いて、さすが松本清張!と感服する作り。
懐かしい昭和の自販機とか駅とか、ヌーボー・グループの存在とか、戦後はこんな感じだったんだな、という視点からも楽しめます。

でもやっぱりこの映画の本質は、ここじゃないと思う。
名作過ぎるのでネタバレもなにもですが、以下ネタバレです。

蒲田操車場で殺された被害者は、元・出雲の駐在所に勤務していた三木謙一ということが判明した。今西はなぜ三木が殺されたのか、犯人とその動機を追うなか、本浦千代吉・秀夫という親子に辿り着く。千代吉はハンセン病(当時は感染症として非人道的な差別を受けていた)に侵され村に居られなくなったため、息子・秀夫とふたり、白装束の巡礼姿で放浪の旅を続ける生活を送っていた。出雲で本浦親子に出会った三木は、本浦親子を不憫に思い、千代吉を療養所に入れ、しばらく秀夫を育てていたが、ある日秀夫は何も言わず三木の家を出ていってしまう。
大阪にたどり着いた秀夫は、戦火により戸籍が消失してしまった混乱に便乗。過去を断ち切り、「和賀英良」として生きることになる。秀夫は、和賀として音楽の才能を花開かせ、賞賛を浴びる人生を送っていた。
しかし和賀がマスコミに注目されたことで、三木は「本浦秀夫=和賀英良」だと気づき、上京し和賀と接触。三木は現在も療養中の千代吉と手紙のやりとりを行っており、千代吉が秀夫(和賀)に会いたいと懇願していることを告げ、千代吉に会って欲しいと願う。
自分の過去が明るみに出ることがあれば、現在の生活が崩れ落ちると考えた和賀は、三木を殺害するしかないと考える。
ラスト、事件のあらましを捜査本部で語る今西、自らが作曲した「宿命」をオーケストラを携え華々しく演奏しながら指揮する和賀、そして千代吉と秀夫が送った辛い放浪の日々が重なりあうーー

もうね、和賀が日本中の注目を浴びる演奏会が始まって、重厚なオーケストラと憂いある旋律の「宿命」をバックに、丹波哲郎がとつとつと事件のあらましを語り始めるシーンから、一気にクライマックスですよ(いや、実際クライマックスなんだけど)。千代吉と秀夫の過去を読み上げる今西、舞台上で無数のスポットライトを浴びながら演奏する和賀、白装束で日本中を放浪し、お互いを支えあう千代吉と秀夫の姿。

本当に!!号泣。

そりゃぁ、あんだけ良くしてくれた三木巡査を殺害するとかマジであり得ないんだけど、それでも、千代吉と秀夫が放浪していた時にどれだけ辛い目にあったかを見せつけられると、何があっても過去を断ち切らねばならないと思う気持ちも理解できてしまう。
『大霊界』のイメージしかなかった丹波哲郎も、やっぱりすごい役者なんだな!と実感しました。捜査本部で顛末を語りながら、涙声で、千代吉がどれだけ秀夫に会いたがっているか、そして三木巡査が千代吉に対して「秀夫はきっとどこかで優秀に育っている」と返信しているくだりとか。泣ける。
そりゃぁ、何十年もそんな手紙を受け取ってたら、三木巡査も和賀が秀夫だ!って思ったら、遠い東京まで飛んでくるよ!千代吉が死ぬ前に合わせてあげたい、って思うよ!

原作では、千代吉は既に亡くなっていて、千代吉と秀夫は放浪の旅をしていた、と、たった一行しかなかったらしいですが(原作読んだけど映画の印象が強烈すぎて覚えていない……)、すごく胸を打つ、映画ならではの超絶名シーン。

千代吉と秀夫も、もちろん辛いだけじゃなくて、ふたりで和やかに楽しそうにしている姿や、美しく咲き誇る桜の下だったり冬の荒波の海辺を歩くシーンがあったり(ポスターはこのシーン)、日本って美しい場所がたくさんあるんだな、と思うのと同時に、和賀だって何の感情もなく三木巡査や千代吉を切り捨てられた訳じゃないとあってくれ!という複雑な感情が入り混じる。

そしてこのクライマックスとは別に、ラストの前にもうひとつある号泣ポイントは、千代吉が暮らす療養所にたどり着いた今西が、千代吉に和賀の写真を見せるシーン。

事件の真相に近づいた今西が、車いすに乗せられ、精魂尽き果てているようにうつろな目をした千代吉に1枚の写真を手渡す。
「この男を知っていますか?」
その写真を手にした瞬間、千代吉は不自由な手で写真を握りしめ、声を上げて慟哭する。そして、痩せた細い体から絞り出すように叫ぶ。
「知らねぇ!俺はこんな男は知らねぇ!」

はい号泣。
加藤嘉、天才。
もうね、「慟哭」って辞書の意味にこのシーンを加えたいくらい。

ここで自分が「親だ」と言ってしまったら、成功を掴み取った秀夫がこの先どうなってしまうか。息子のために、一目会いたいとずっとずっと願いながらも、「知らない」と叫ぶ姿に、本当に親の愛情ってありがたいなんて比にならないレベルのものなんだなと感じる。

時代的背景もあって、当時、千代吉の病気でこの親子がどれだけ差別を受けてきたのか、どれだけ辛いなかでお互い支えあって生きてきたことを考えると、言えないよね……。
なんかもう、加藤嘉の姿が切なくて切なくて、こっちも一緒に慟哭ですよ。

「宿命」ってホントに的を射ている曲名。
松本清張って、こういう、状況をビシッと言い当てるワーディング、本当に上手だよなぁ。「けもの道」(欲に目がくらみ人の道を踏み外して生きる人たちがわんさか出てくる)とかも、正に!って思うし。

「宿命」とは、逃れることができない運命のこと。
自分ではどうすることもできない「宿命」に翻弄された人生。
やるせない。
   

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