蚊と星と、独りきりの夜 ー 夏遍路・野宿の章

【草遍路紀行】


蚊と星と、独りきりの夜 ー 夏遍路・野宿の章


八十八ヶ所、歩き遍路。

その旅を「修行」と呼ぶならば、夏はまさにその真骨頂だ。


八月初旬、四国南部。蝉が耳を刺すように鳴いている。

昼は太陽が殺意をもって肌を炙り、汗は止まることを知らない。

水をかぶって歩く。首には凍らせたタオルを巻いた。

それでも照り返しに視界がにじむ。


この日は五十番台の札所を出てから、どの宿にも泊まらず野宿を選んだ。

節約でもあるが、信仰心の試しでもあった。

寺から少し離れた川沿いの休憩所。東屋の下にマットを敷き、リュックを枕にする。

夕食はコンビニのおにぎりと水だけ。


日が沈むと、空は静かに群青へ染まり、やがて星が瞬き始めた。

風もなく、ただ虫の音と遠くの国道を走る車の音が響く。

そして、彼らが来た――蚊である。


蚊取り線香を焚いていたが、気休めに過ぎない。

顔、手首、足首、あらゆるところを狙ってくる。

音を立てず、刺して逃げる。寝袋に潜っても入ってくる。

「信仰とは、どこまで耐えられるかだ」

そう言い聞かせるが、痒みはどうにもならない。


夜中の一時、あまりの痒さに起き出す。

蚊に刺された数を数えながら、じっと星を見上げた。

空には天の川が流れ、ただ静かに、何も答えずに輝いていた。


「遍路よ、信仰とは痛みと共にあるのだ」

そんな声が聞こえた気がした。


明け方、空が白んできたころ、眠気と痒みにまみれながら荷物をまとめた。

蚊に敗北しながらも、それでもまた、歩き出す。


次の札所まで、今日も20キロ。

歩いて、歩いて、祈るように進む。

草遍路の道は、まだ遠い。



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ご希望があれば、続編や別のエピソード(雨の日、山中の迷い、善根宿の思い出など)も書けます。お気軽にどうぞ。


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