第五十五番札所 三角寺 遍路道に迷いて


――第五十五番札所 三角寺 遍路道に迷いて――



灼けつくような陽射しの下、幸月は黙々と山道を登っていた。三角寺の手前、道は細くなり、草が伸び放題に生い茂っていた。白衣の袖を擦りながら、彼女は一歩一歩を確かめるように歩いた。


道標は見当たらない。曲がるべき分岐も、すべてが木陰と雑草に覆われ、誰の歩いた跡も消え失せている。


「こっち、だったかな……」


呟きは風に溶け、返事はなかった。


数日前、観音寺市の町中で出会った老遍路が言っていた。

――「三角寺は迷うけん、気をつけなはいや。地図より勘の方が頼りになることもあるぞな」――


その言葉を思い出しては、苦笑する。地図はポケットにある。だが、今、目の前に広がる道の形は、地図のそれとは違って見えた。


道は次第に岩だらけの獣道になり、木の根が地表に這い出ている。草履の鼻緒が切れそうになり、つま先が痛む。


ふと、右手の斜面に小さな地蔵が見えた。首にかけられた赤い布は風に揺れている。


「……こっち、かな」


誰にともなくそう言って、幸月は道なき道を斜面へと降りていく。すると、下草の間に、古びた石段がひっそりと現れた。


一歩踏み出すと、石段の隙間から涼しい風が吹き上がり、汗に濡れた顔を撫でた。


まもなく、木々の合間から、朱塗りの山門が覗いた。


「……三角寺……」


僕は、息を呑んだ。


迷ったと思っていた道は、誰かの記憶に導かれるように、正しく、山寺へと続いていた。


誰にも気づかれず、誰にも褒められず、それでも歩き続ける者だけが辿り着ける場所。


それが草遍路の道だと、僕は思った。


——(続)——


続きをご希望であれば、「納経所での出来事」「宿への道のり」「他の遍路との出会い」などを次のテーマとして描くことができます。どうしますか?


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